ジェームズ・ディーンのこと(その2)

また間が空いてしまいました。
最近の傾向として文面が堅めになることが多いので気を付けつつ続きに入ります。
ニューヨークのアクターズ・スタジオが、1950年代以降のハリウッドに与えたインパクトは大きかった。アクターズ・スタジオつっても実際どんな所なのかは勉強不足のため説明できないが、よく知らないけど「スタニスラフスキー・システム」とか言う演技理論やら、リー・ストラスバーグという高名な先生がいてとかそれ位しか知らない。余談だがリー・ストラスバーグは「ゴッドファーザーPART2」で、この映画の主役アル・パチーノ演じるマイケル・コルレオーネを窮地に追い込むハイマン・ロスというユダヤ系の裏社会の大物役で出演し、強烈な存在感を示していた。そういえばアル・パチーノアクターズ・スタジオ出身でした。
さて、アクターズ・スタジオ出身者で最初にハリウッドに現れた巨星はマーロン・ブランド、続いてポール・ニューマン。ジェームズ・ディーンはこの2人より5才くらい年下で、スティーブ・マックイーンとほぼ同年である。しかしマックイーンは遅咲きでジェームズ・ディーンが死んで何年も経ってから、1960年代から大スターになった。
自分の中で最も好きなハリウッド俳優は誰かと考えるにスティーブ・マックイーンとポール・ニューマンなんです。別にアクターズ・スタジオ出身とか全然意識してなくて単に男としてカッコいいなあと思うんです。演技力という点では彼等より10年程後輩であるロバート・デニーロアル・パチーノのほうが断然芸達者だと思うんですがアクが強すぎというかオーバーアクション気味な気がするんだよね。ここで思いを馳せるのがジェームズ・ディーンな訳なんですよ。もし彼が長命したと仮定すると彼のプライベートでの趣味(カーレース)と、意外とインテリ風な雰囲気から、「マーロン・ブランドの演技力+スティーブ・マックイーンのアクションスター性を兼ね備えた、しかもこの2人が成し遂げられなかった男性からも女性からも圧倒的な人気を得る」というトンデモない大化けをした可能性大なのである。ジェームズ・ディーンも、もし30代40代と歳を重ねていたら「いつまでもリーゼント」というわけにはいかないであろう。結構渋みが出てたんじゃないかな。彼の遺作となった「ジャイアンツ」では老け役も演じていてわずかながら彼の中年像が想像出来る。「ジャイアンツ」ではまだ駆け出しのデニス・ホッパーが出演していた(70年代のカリスマ俳優デニス・ホッパーは、ジェームズ・ディーンの弟子と言ってもいい位影響を受けていた)。自分の脳内妄想によるとジェームズ・ディーンは1990年代まで現役で活躍したであろうと。1960年代はヘイズ・コード(長年ハリウッドを良くも悪くも縛っていた規制。過激なラブシーンや俗語の使用が厳しく制限されていた)の為余り活躍出来なかったが、1969年アメリカンニューシネマの名作「イージー☆ライダー」で弟分であるデニス・ホッパーに請われてボンクラ弁護士役で出演(史実ではジャック・ニコルソンが演じた)、ここから一気にジェームズ・ディーン再評価の流れが生まれ、1973年の「スティング」ではドイル・ロネガン役(史実ではロバート・ショウが演じた)で、ポール・ニューマン・ロバート・レッドフォードと夢の3大スター競演となる。またドイツのヴィム・ベンダースの作品に出演したり、ジョージ・ルーカスからは「スター・ウォーズ」のオビワン・ケノービ役を熱烈にオファーされたり(しかし断る)と話題に事欠かずの状況。1980年代は彼のキャラクターとややズレが生じた時代であった為再び雌伏を強いられるが1996年「ミッション・インポッシブル」でフェルプス役で復活(史実ではジョン・ボイトが演じた)、トム・クルーズと共演。トム・クルーズをして「ジミー・ディーンは私の生涯で最もリスペクトする俳優だ」と言わしめる。・・・妄想が際限無くなってきたのでこの辺でやめマス。